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東京高等裁判所 昭和56年(ネ)16号 判決 1982年10月28日

昭和五六年(ネ)第一四号事件控訴人・

同年(ネ)第一六号事件被控訴人(以下「第一審被告」という)

乙野和子

昭和五六年(ネ)第一六号事件被控訴人(以下「第一審被告」という)

乙野均

乙野完爾

乙野栄

右第一審被告乙野完爾及び同乙野栄法定代理人親権者

乙野均

乙野和子

右第一審被告ら訴訟代理人

平川亮一

高橋信

昭和五六年(ネ)第一四号事件被控訴人・

同年(ネ)第一六号事件控訴人(以下「第一審原告」という)

甲野富喜

右訴訟代理人

高橋昭

主文

一  昭和五六年(ネ)第一四号事件について

1  第一審被告乙野和子の本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は第一審被告乙野和子の負担とする。

二  昭和五六年(ネ)第一六号事件について

1  原判決中第一審原告の敗訴部分を取消す。

2  第一審被告らは第一審原告に対して、(1)原判決別紙物件目録(三)の土地につき、横浜地方法務局溝口出張所昭和五一年三月二三日受付第一二五五二号、各持分四分の一の所有権移転登記の抹消登記手続及び(2)同目録(四)の土地につき、同出張所昭和五二年一月七日受付第四一五号、各持分四分の一の所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

3  訴訟費用は第一、第二審とも第一審被告らの負担とする。

事実《省略》

理由

第一昭和五六年(ネ)第一四号事件について

一第一審原告がもと原判決別紙物件目録(一)及び(二)の各土地を所有し、かつ、その所有名義の所有権移転登記を経由していたことは当事者間に争いがない。

ところで、第一審原告が昭和五〇年八月六日第一審被告乙野和子(以下、「和子」という。)に対し右各土地を死因贈与したこと、第一審原告が同目録(一)の土地につき横浜地方法務局溝口出張所昭和五〇年一二月三日受付第四九七二四号をもつて第一審原告から第一審被告和子への右死因贈与を原因とする始期付所有権移転仮登記を経由し、同目録(二)の土地につき同出張所同日受付第四九七二六号をもつて同様な始期付所有権移転仮登記を経由したこと、第一審原告が昭和五二年一〇月二五日第一審被告和子に対し右死因贈与を取消す旨を記載した内容証明郵便を発送し右死因贈与を取消す旨の意思表示をし、同郵便は翌二六日右第一審被告に到達したから、これにより右意思表示が右第一審被告に到達したことは当事者間に争いがない。

死因贈与については遺言の取消に関する民法一〇二二条がその方式に関する部分を除いて準用されると解すべきである(最高裁判所昭和四七年五月二五日第一小法廷判決民集二六巻四号八〇五頁参照)。そうすると、死因贈与者は理由の有無を問わず何時でもこれを取消すことができるのであるから、第一審原告のした右死因贈与は第一審原告の右取消によりその効力を生じないものとなつたといわなければならない。

二他方、第一審原告が右死因贈与契約成立以前である昭和五〇年六月一二日第一審被告和子に対し右各土地を贈与したことは当事者間に争いがない。

三ところで、第一審原告は、「第一審原告と第一審被告和子は前記死因贈与契約の締結に際して、右昭和五〇年六月一二日の贈与を該死因贈与が有効に発効することを解除条件とする贈与に変更する旨を約した。」と主張するので、以下、この点につき判断することとする。

前記事実に、<証拠>並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

第一審原告の夫亡甲野茂はもと原判決別紙物件目録(一)ないし(四)の各土地を所有していたが、同人は昭和三五年五月一八日死亡し、その相続人は配偶者である第一審原告、子である第一審被告和子(長女)、訴外皓代(二女)、同隆由(長男)であつたが、第一審原告が右の各土地を相続取得し、同年八月二四日その所有名義への所有権移転登記を経由したこと、他方、原判決別紙物件目録(五)の土地はもと訴外亡甲野磯五郎の所有であつたが、同人は昭和四〇年一一月一八日死亡し、その相続人は同人の子である訴外小出ミキ、同志村澄子、亡甲野磯五郎の子である亡甲野茂の子第一審被告和子、訴外皓代、同隆由らであつたが、昭和四八年八月ころ遺産分割協議によつて訴外隆由がこれを相続取得したこと、第一審被告和子はやがて右の措置に不満を抱くようになり、第一審原告に対し同目録(一)ないし(四)の土地のほか第一審原告の所有する神奈川県座間市相模台字中広野七七九番一宅地114.47平方メートルほか三筆の土地を自己に贈与するよう要求したので、第一審原告は昭和五〇年六月一二日これに応じ第一審被告和子に対し右各土地を贈与する旨約したこと、ところが第一審被告和子は右贈与を受けると同人において多額の税金を負担しなければならない事態になることを考え、弁護士平川亮一及び公証人鈴木茂からの助言もあつたので、第一審原告との間で同年八月六日右贈与契約を変更し、前記死因贈与契約を締結したこと、なお、第一審被告和子は、単独で右死因贈与を受けると同人の税負担が重くなることを考え、第一審原告との間で、昭和五一年三月二三日同目録(三)の土地についての右死因贈与契約を変更し、改めて第一審原告は第一審被告和子、同乙野均(第一審被告和子の夫)、同乙野完爾(第一審和子の子)、同乙野栄(同)に対し同土地の各持分四分の一を贈与する旨を約し、次いで第一審原告と第一審被告和子は昭和五二年一月七日同目録(四)の土地についての右死因贈与契約を変更し、改めて第一審原告は第一審被告和子、同乙野均、同乙野完爾、同乙野栄に対し同土地の各持分四分の一を贈与する旨約したこと、以上の事実が認められる。

<反証排斥略>

したがつて、原判決別紙物件目録(一)及び(二)の各土地についての前記昭和五〇年六月一二日付贈与契約は右死因贈与契約を成立させることによる更改に基づき消滅したものというべきである。

第一審被告和子において、同第一審被告は右死因贈与契約締結に際し第一審原告との間で、右昭和五〇年六月一二日付贈与契約の消滅については右死因贈与の効力発生を解除条件とする旨を約したと主張するが、右事実は本件全証拠によつてもこれを認めるに足りない。

四しかしながら、民法五一七条は、更改によつて生じた債務が取消されたときは、旧債務は消滅しないものとする旨を定めているので、贈与が死因贈与に更改された場合において、右死因贈与が取消されたときは、右贈与は消滅しないことに帰するものと解すべきである。そうすると、本件において右昭和五〇年六月一二日付贈与は第一審原告の前記死因贈与の取消により消滅しないことに帰したものといわなければならない。

五そこで次に、第一審原告において、第一審原告は昭和五三年五月一二日第一審被告和子に対し右昭和五〇年六月一二日付贈与契約締結の意思表示は右第一審被告の強迫によるものであることを理由として取消した旨を主張するので、以下、この点につき判断する。

<証拠>並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

第一審被告和子は前記のように、昭和四八年八月ころ訴外亡甲野磯五郎の遺産である原判決別紙物件目録(五)の土地を訴外隆由が相続したことなどに不満を抱いていたが、そのころ第一審被告和子方において第一審原告に対し、同目録(一)ないし(四)の土地のほか、第一審原告所有の神奈川県座間市相模台字中広野七七九番一宅地114.47平方メートルほか三筆の土地を第一審被告和子に贈与するよう要求したのに対して、第一審原告がこれに直ちに応じなかつたところ、第一審被告和子は第一審原告に対し、その頭髪を掴んだり突飛ばしたりなどの暴行したため、第一審原告はこれに畏怖し、同年九月ころそれまで同居していた第一審被告和子方から出て、一人で神奈川県座間市相模台字中広野に転居したこと、なお、第一審原告は昭和四九年三月ころ訴外隆由の結婚式をする運びにしていたところ、第一審被告和子はそのころ、電話で、第一審原告に対し、前記要求に応じなければ、訴外隆由の右結婚式を妨害する旨を告げたこと、第一審被告和子は昭和五〇年一月ころ及び同年四月ころにもそれぞれ第一審原告に対し前同様に要求し、その頭髪を掴んだり胸を突いたりしたこと、そこで遂に第一審原告は、第一審被告和子の右要求に応じなければ更に同様な行動に出られるのではないかと畏怖するに至り、前記昭和五〇年六月一二日贈与契約締結の意思表示をし、更に同様にして、前記死因贈与契約をし、また昭和五一年三月二三日第一審被告らに対し、原判決別紙物件目録(三)の土地につき各持分四分の一を贈与する旨を約し、次いで昭和五二年一月七日第一審被告らに対し同目録(四)の土地につき各持分四分の一を贈与する旨を約したこと、以上の事実が認められる。

<反証排斥略>

もつとも、<証拠>によれば、第一審原告は昭和五〇年六月ころ第一審被告乙野栄が外傷により入院した際これに付添つて看護したこと、訴外有限会社星和工業は昭和五一年六月二八日設立されたが、第一審原告はこれに第一審被告和子、同均とともにその社員となつたうえ、第一審被告和子及び同均がその取締役に就任したのに対し、その監査役に就任して協力したこと、第一審被告和子は訴外隆由が昭和五〇年六月一九日原判決別紙物件目録(五)の土地につき前記相続を原因としてその所有名義に移転登記手続をするにつきこれに協力したことが認められ、第一審被告和子が前記訴外隆由の結婚式の妨害の挙に出たことを認めるに足りる証拠はないが、これらの事実をもつては前示認定を覆えすに足りない。また、右第一審原告の意思表示と前記第一審被告和子の言動との間に時間的懸隔があるが、このことをもつてしても、右認定を左右するものではない。

右認定事実によれば、第一審被告和子は第一審原告を強迫し、よつてこれに畏怖した同人をして昭和五〇年六月一二日付贈与契約締結の意思表示をさせたものということができる。

そして、第一審原告が昭和五三年五月一二日第一審被告和子に対し右昭和五〇年六月一二日付贈与契約締結の意思表示を取消す旨の意思表示したことは当事者間に争いがない。

六そうすると、第一審被告和子は第一審原告に対し、原判決別紙物件目録(一)及び(二)の各土地につき、前記仮登記の抹消登記手続をなすべき義務があるということができ、他方、第一審被告和子は第一審原告に対し、右の各土地につき、昭和五〇年六月一二日付贈与に基く農地法五条一項三号に定める届出手続及び所有権移転登記手続請求権を失つたものというべきであるから、第一審原告の右仮登記抹消登記手続請求を認容し、第一審被告和子の所有権移転登記手続請求を棄却した原判決は相当であり、第一審被告和子の本件控訴は理由がない。

第二昭和五六年(ネ)第一六号事件について

一第一審原告がもと原判決別紙物件目録(三)及び(四)の各土地を所有しその所有名義に所有権移転登記を経由していたこと、第一審被告らはそれぞれ同目録(三)の土地につき、横浜地方法務局溝口出張所昭和五一年三月二三日受付第一二五五二号各持分四分の一の所有権移転登記を経由し、同目録(四)の土地につき、同出張所昭和五二年一月七日受付第四一五号各持分四分の一の所有権移転登記を経由したことは当事者間に争いがない。

第一審原告が第一審被告らに対し、昭和五一年三月二三日同目録(三)の土地の各持分四分の一を贈与し、次いで昭和五二年一月七日同目録(四)の土地の各持分四分の一を贈与したことは前記第一の三において認定するとおりである。

二第一審原告が昭和五二年一〇月二五日第一審被告らに対し右各贈与契約締結の意思表示を取消す旨の意思表示をし、右意思表示が翌二六日第一審被告らに到達したことは当事者間に争いがない。

第一審原告のした右各贈与契約締結の意思表示が第一審被告和子の強迫によるものであることは前記第一の五において認定したところである。

したがつて、右各贈与は第一審原告のした右取消により無効になつたものといわなければならない。

三してみると、第一審被告らは第一審原告に対し、原判決別紙物件目録(三)及び(四)の各土地につき、前記各持分四分の一の所有権移転登記の抹消登記手続をなすべき義務があるから、これを求める第一審原告の請求は正当として認容すべく、これを棄却した原判決は失当であり、本件控訴は理由がある。

第三よつて、民訴法三八四条一項により昭和五六年(ネ)第一四号事件につき第一審被告和子の本件控訴を棄却し、同法三八六条により、同年(ネ)第一六号事件につき、原判決第一審原告敗訴部分を取消したうえ、第一審原告の請求を認容し、訴訟費用の負担につき、同法九五条、八九条、九三条、九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(岡垣學 磯部喬 大塚一郎)

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